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和歌山地方裁判所 昭和33年(ワ)188号 判決

原告 西山武夫

被告 南海バス株式会社

主文

原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

被告は原告に対し昭和三二年九月六日以降昭和三六年一〇月一四日まで一ケ月金三二、九六〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項および「被告は原告に対し昭和三二年九月六日以降一ケ月金三六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、被告会社は従業員約九〇名をもつて乗合自動車運送事業貸切自動車運送事業およびこれに附属する観光事業を営んでいるものであるが、原告は昭和二四年五月一日被告会社に入社し、以後自動車運転手、運輸主任、運輸課長を経て昭和三二年五月一二日より日の岬パーク開発事業現業監督として勤務していたところ、同年九月五日被告会社より会社の都合により解雇する旨の言渡をうけた。

二、しかし右解雇は左記の理由によつて無効である。

(一)  本件解雇は会社の就業規則所定の解雇事由に該当しない。

被告会社は原告を就業規則第三三条第一項第二号によつて解雇したものと主張するが、同号の「事業の都合により已むを得ない」場合とは、同規則第四七条の懲戒解雇の規定に対比して明らかな如く、会社の事業経営に対する客観的障害事由(事業の縮少、天災事変等)の存在のため、もはや従業員との雇傭契約の継続がその会社経営上不可能ないし少くとも甚しく困難となつた場合に限られ、その事由の発生につき使用者、従業員の過失の有無を問わないと解すべきである。しかるに被告会社の経営の現況は新たに資本の増加、新車の購入、観光施設の新設、従業員の新規採用等により事業が更に拡大発展しており、到底右趣旨の「事業の都合により已むを得ない」場合に該当するものでない。ところで被告会社は原告を解雇するに際し単に会社の都合によるというだけで解雇の具体的事由を明らかにしないのであるが、仮に原告において何らかの非違があつたとしてもこれを理由に解雇するには、就業規則所定の懲戒解雇の規定を適用すべく同規則第三三条の一般解雇の規定を適用すべきではない。従つてもし原告の勤務上の非違を理由としながら同規則第四七条の懲戒解雇をせず第三三条第一項第二号の一般解雇をしたとすれば、本件解雇は右就業規則の適用を誤つているものといわねばならない。

(二)  本件解雇は不当労働行為である。

被告会社には会社従業員約三三名からなる南海バス労働組合(以下第一組合と称す)と従業員約二六名からなる南海バス従業員組合(以下第二組合と称す。)とがあり、原告は昭和二五年五月頃第一組合結成と同時にその副委員長になり、以後執行委員など組合役員を歴任して活発な組合活動を続けて来たため、被告会社は、原告らの組合活動を嫌悪し、昭和二八年一一月頃原告らを一旦解雇しようとした。しかしその意図を実現するに至らず昭和二九年三月一四日原告を運輸課長に昇格させて非組合員とした後、昭和三二年五月九日たまたま原告が本社社屋に宿直中第一組合が同社屋二階において開かれた定期大会の席上私鉄総連加盟を決議したことについて原告が全く関知しないのにかかわらず、原告がこれを使嗾したものと邪推しその情報の提供をしなかつたことを理由として運輸課長を免じて一ケ月につき約一万円の減給を伴う日の岬パークへ転勤を命じ更に本件解雇に及んだ。してみると本件解雇は右一連の経過より考えて原告のこれまでの正当な組合活動を嫌悪しこれを理由としてなされた不利益取扱いであるから不当労働行為といわねばならない。又原告が右組合大会の状況を探ること自体労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為であり、原告が右の如き不当労働行為をしなかつたことを理由として被告会社が原告を解雇したことは、被告会社が原告の右の如き過去の組合活動を嫌悪していたことの一連の事実と相俟つて結局組合の正当な活動をなした故をもつてする不当労働行為といわねばならない。

(三)  本件解雇は解雇権の濫用である。

仮に右(一)(二)の理由がないとしても前記の如き事情経過によつてなされた本件解雇は今日の社会的経済的状勢よりして原告の立場を無視してなされたものであり、しかもその決定的動機が右(二)記載のとおり原告が被告会社の組合に対する支配介入に積極的に関与しなかつたことにある以上何ら正当な事由がないものといわねばならず解雇権の濫用というべきである。

三、かくして原告は現になお被告会社の従業員たる地位を有するところ、本件解雇の意思表示のあつた昭和三二年九月五日当時原告は被告会社から一ケ月三六、〇〇〇円の賃金を受取つていたから、ここに被告会社に対し右解雇の無効であることの確認と、昭和三二年九月六日以降の賃金の支払を求めるため本訴に及んだ。」

と述べ、被告会社の答弁に対して、被告主張の解雇事由たる事実は何れもこれを争うと述べ、

(一)、被告会社主張の(一)の事実中原告が上芝運転手に対し組合大会出席のため空車回送することを許可したことは認めるが、高垣運転手に命じ車の故障を装わせて組合大会に出席のためバスを欠行させたり、酒井運転手に対し空車回送をすすめたりしたとの事実は否認する。運転手が組合大会に出席のため運輸課長の承認をえて運送勤務終了後空車回送したことは、原告が運輸課長に就任する以前から何回もあつたことであり、特に本件だけを取上げて原告の責任を言々することは承服できない。

のみならずこのバス欠行等の事実は、当初の解雇事由中には含まれていなかつたもので、被告会社が後に至つて附加したのである。解雇理由が無制限に附加することのできるかどうかの法律上の問題はともかくとして、その具体的な解雇事由が右の如く浮動し特定を欠くことは、解雇の根拠の薄弱性ないしその不当性を推認させるものである。

(二)、被告会社は原告が会社の利益代表者の地位を有していたと主張するが、地方のしかも中小企業中、小企業に属し社長個人のワンマン運営にかかる被告会社において、かかる職制があるわけはなく、日の岬パーク事業監督といつても僅か三、四名の従業員の業務を監督するのみで、自身が食堂の食肉の買走り、便所掃除、水汲みなどをしていわゆる「経営の中枢」に参与することは全然なく一般従業員と異ることはなかつた。そして日の岬パークにおいて原告は前田敏二、佐々木英三郎、河合サヨらに対して同人らの勤労意欲を減退させるような発言をしたこともなければ会社代表者に対する不信感を醸成しようとしたこともない。

(三)、谷中重役に対する言動については、原告は谷中重役との立話で原職復帰を社長に頼んでくれるよう依頼したことがあるが、その際原告は以前原告が解雇された際和歌山県地方労働委員会に組合が提訴したことを思い出し、「要求を容れられないときは地労委にでも救済の申立をする外仕方があるまい。」と言つたにすぎずこれを脅迫であると主張するのは為にする言辞か或は甚しい思いすごしである。」

と述べた。(証拠省略)

被告会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として請求原因事実中一の事実はこれを認めるも二および三の事実はいずれもこれを争うと述べ、

一、本件解雇は原告に左記の事実があつたので就業規則第三三条第一項第二号の事由ありとして同条によつてなしたものである。

(一)  原告は運輸課長の職にある当時、左の如く部下の運転手に命じて虚偽の事由を作成させて定期バスの運行を欠行させたり、運転手に空車回送を命じて公共事業の使命達成を阻害したり、組合大会に出席するためバスの使用運転を慫慂した。

(1)  昭和三二年五月九日御坊市にて開催の労働組合の定期大会に寒川線勤務中の運転手高垣善四郎車掌竜田善代司を出席させるため車輌故障を装わせ、同日午後二時五味発寒川行以後の五運行および翌一〇日午前九時三〇分寒川発五味行以前の三運行を故意に休止させた。

(2)  原告は同月九日川上線の川原河に駐泊し翌朝七時に川原河を発車して御坊市に運行すべきバスを御坊市まで空車回送させて運転手上芝友治、車掌宮井盛定の両名を当夜の組合大会に出席させた。そして翌朝五時再び御坊川原河間を空車回送させて所定の運行に間に合わせた。

(3)  原告は同日午後四時頃被告会社ガソリンスタンド傍で真妻線の運転手酒井俊二に対し「今日の大会はどうする。バスで来るか。」と尋ね、バスを使用して大会に出席して差支えないという印象を与えた。

(二)  原告は昭和三二年五月一二日から本件解雇になるまでの間日の岬パークの現場監督を勤め会社利益代表者として経営の補助をなす地位にあり、被告会社中常務取締役に次ぐ高給をうけていたのであるが、その間右地位を逆用して部下である人夫頭前田敏二、日の岬食堂調理人佐々木英三郎、日の岬ホール従業員河合サヨに対して、経営者の中傷をして職場に反経営者的空気を醸成したり事実無根の風評を流布して従業員に心理的動揺を与えて労働意欲を減退させた。即ち

(1)  被告会社は昭和三二年より日の岬パークの建設工事に着手し社長高垣徹太郎の陣頭指揮の下同年六月末迄にその第一期工事を完成すべく工事の進捗に力を注いでいたが、同年五月一二日右高垣社長が大阪市立大学医学部附属病院に入院するに及び原告を日の岬開発事業監督(課長の地位を留保)に任命した。右にいう日の岬開発事業は、被告会社の本店所在地たる御坊市の郊外九粁の和歌山県日高郡美浜町大字三尾日の岬一帯を観光施設化せんとする事業であつて、この事業の第一の目的は観光遊覧客の招致によつて被告会社のバス営業における旅客運賃収入の増収を計るにある。そして第一期工事として日の岬山上に至る自動車道、日の岬ホール、食堂、展望台、駐車場の各施設およびバンガローの山上移転等を同年六月末迄に完成した。和歌山県下の各バス企業がすべて何らかの観光資源を背景として積極的な観光客誘致政策をとりその経営を盛んならしめている状況にありながら、従来被告会社はかかる観光誘致の手段なく、旅客運賃収入の自然的増加も近年になつて停滞するに至り、この状況を何ら施策なく放置することはやがて経営が窒息するの外はない状態となつた。したがつて日の岬開発事業はこの打解策として社命を賭してなされたもので被告会社の一枚看板というべきものである。そして被告会社が原告を日の岬開発事業監督に任命したのは右の意義を有する日の岬パークの建設ならびにその運営を管理すべき経営責任者としてであつた。

(2)  原告が日の岬開発事業監督に就任した当時(昭和三二年五月より九月まで)、右開発事業の内容および原告の指揮監督下にあつた従業員ならびに原告が担当していた職務の内容は次のとおりである。

大別して施設運営業務と建設業務に分かれ、前者には日の岬ホール(売店、休憩所)河合サヨ、寺西清子、日の岬食堂(食堂喫茶)佐々木英三郎、古瀬文代、バンガローテント村、展望台、駐車場その他の施設中西国夫があり、夏期シーズンには右の各部署を併せて四、五名増員される。後者には大工および人夫一〇数名ないし二七、八名とその人夫頭前田敏二が就業し、その人員は工事進捗程度に応じて増減したが土工が最少一二、三名働いていたことは確かである。そして原告は(イ)建設工事の進捗を監督すること、(ロ)既に建設済みの施設建造物を管理しそれを運営して収益を計ること、(ハ)新しい建設および施設の充実改善を企画すること、(ニ)従業員の労務管理および雇入、解雇等の人事事項を処理すること、(ホ)社長よりの指令を受けまた社長に対し業務上の報告と意見を具申すること、(ヘ)土曜日を定日として宿直すること、等の職務を担当していた。

(3)  昭和三二年五月原告は日の岬開発事業監督に就任以来、機を見て前田敏二に対し「社長は前田が人夫賃や工事資材購入について不正をし、それを着服しているとの疑いをもつている。」との中傷をなし、前田の社長に対する不信感を醸成しようとした。又同年七月末には原告は前田を電話で被告会社本社前の丸六食堂に呼び寄せ同所で前田に対し「社長は前田が日の岬ホール係員寺西清子と懇なのに不信を抱き更に人夫の賃金や工事の資材購入について不正をし着服しているとの疑いから前田を近く首にしようとしている。しかし心配することはない。西山も前田も共に働く者同志である。又共に社長から見放された者同志である。西山は決して前田一人を見殺しにはしないから、どんな事態になつても心配するな。お互に力を合わせてやろう。」と述べた。更に原告は従前よりしばしば日の岬工事現場において前田に対し、「専務常務も表面社長に服従しているように装つているが内心は決して服従しているのではない。」「社長に従順なのは熊代景雄(元運輸課長、現場監督課長)と山口一夫(現被告会社専属自動車修理工場合同サービス株式会社責任者)だけである。」と被告会社の経営陣容にあつれきがある如く吹聴して前田の心理的動揺を醸成した。更に又同年夏被告会社はその労働組合との間に夏期手当支給金問題に関して交渉纒らず、組合は八月一〇日を期して二四時間の完全ストライキを予定したが、原告はその前日前田に対し「もうここまでくれば社長も終りである。社長も明日限り会社を辞めねばならぬ。」と放言して前田に心理的動揺を与えてその労働意欲を減退せしめるが如き策動をなした。

右の結果前田は社長に対する信頼と服従の心を全く無くし且つ労働意欲を喪失し、八月上旬(二日又は三日)社長が日の岬パーク視察に赴いた際社長に迫り、その胸倉をとらえんばかりの態勢で「真面目に働いている者を疑い、つけ狙うとは何たることだ。自分は何をごまかしたか。こんなに一生懸命に働いているのにどこが悪いか。」と詰問するに至つたのである。

(4)  同年八月末に原告は自己の監督下にあつた日の岬食堂調理人佐々木英三郎に対し「九月又は一〇月に食堂は閉鎖する。」と述べ、暗に同人の解雇をほのめかした。これに不安を抱いた右佐々木が直接社長にその真偽を確めたところ、社長は右閉鎖の意思のないことを告げたが、原告は佐々木に対し「社長の言葉は何時変るか分らない。それを信じていたら大変な目にあうぞ。」と放言した。又原告は佐々木に対し「社長が食堂の仕入れやその他の購買にけちをつけて何も買つてくれない。」と吹聴し、原告自身のもつ仕入購買の管理責任を棚上げして故意に社長を誹謗した。更に、同年九月初旬佐々木が食堂売上金の勘定で五〇〇円剰余が生じているのを発見し原告に報告の上この処置につき指示を求めたところ、原告は「この剰余金は社長が従業員の行為を試す目的で故意に入れさせたものであるから注意せよ。」と事実無根の言辞を弄した。更に又、同年八月折柄社長の縁故者が夏休み中アルバイトとして日の岬パークに働きに来ていた際原告は佐々木に対し「彼等は社長の親戚だから気を付けろ。」「社長の息子に気を付けろ。」と述べ、同人等が佐々木の行動を監視しているが如き事実無根の中傷をなした。

右の如き原告の言辞はすべて事実無根に基くものであつて原告が職制上の身分を利用し部下をして本人の地位に対する不安感、社長に対する不信感を抱かせ職場の活動を麻痺させようとする策動であり、経営責任者として許すべからざる行為である。この原告の言動によつて佐々木は日の岬食堂に勤務する意欲をなくし転職を準備した。

(5)  原告は日の岬開発事業監督在任中機会ある毎に日の岬ホール係員河合サヨに対し常に社長が語る日の岬パーク工事拡張の抱負を否定し「社長の言葉は何時変るかわからない。おばさんは社長の紹介で就職したのだからよいが、社長は従業員に対して疑い深いのである。」と吹聴し、故意に被告会社の経営方針を曲げて部下に伝え、社長への不信頼、職場への不安感を抱かせようとした。

(三)  のみならず同年八月二六日南海交通株式会社内待合室において原告は被告会社谷中庄兵衛常務取締役に対し「私と中畑尚とをもとの運輸の職場へ是非戻してもらいたい。もし私が運輸に戻してもらえなければ私は会社と斗う。そうすれば私も傷つくが、会社も相当な傷がつく。」と威嚇強要した。

二、本件解雇は右に述べた(一)ないし(三)の事実が就業規則第三三条第一項第二号「事業の都合により已むを得ないとき」に該当するものとしてなされたものであるが、同号は必ずしも会社の事業の縮少、天災事変のため雇傭契約の継続を不可能とする場合に限ると解さなければならないものではなく、従業員側に存する事由をも包含するものと解すべきである。そして懲戒事由に該当するものを懲戒解雇にすることなく本人の将来を考え本人のため有利な会社業務上の都合による解雇として取扱うことは解雇自由の原則により当然許されるし、又一般に広くおこなわれているところである。

三、原告は日の岬の現場監督(課長)として会社の利益代表者であるが、かかる利益代表者であつても過去における労働組合員であつた当時の組合活動を理由として差別待遇をなしたときはこれにつき不当労働行為の成立する余地は考えられるが、現に利益代表者である時限における行為について責任が問われる場合には不当労働行為の存在する余地はない。そして本件解雇は原告が組合員であつた当時の言動を問題としているのでなく、原告の課長としての行動が従業員として好ましくないことに基くものであるから不当労働行為にならない。

四、被告会社の従業員の給料は当時月々水揚げに応じて決定されたものであつて、被告会社の稼ぎ時は観光時期たる毎年四月から九月頃まででそれ以後は漸減の傾向にある。原告の要求する一ケ月の平均賃金三六、〇〇〇円は減収時を除外した最盛期の平均賃金であるから正当でない。」と述べた。(証拠省略)

理由

一、被告会社は表記肩書地において、従業員約九〇名をもつて乗合自動車運送事業、貸切自動車運送事業およびこれに附属する観光事業を営んでいること、原告は昭和二四年五月一日被告会社に入社し、以後自動車運転手、運輸主任、運輸課長を経て昭和三二年五月一二日より日の岬パーク開発事業現場監督として勤務していたところ、同年九月五日被告会社より会社の都合によるという理由で解雇されたことおよび右解雇が被告会社就業規則第三三条第一項第二号によつてなされたものであることは当事者間に争なく、右就業規則第三三条は一般解雇の規定で同条第一項第二号には解雇をなし得る場合として「事業の都合により已むを得ないとき」と規定されていることは成立に争いのない甲第一号証によつて明らかである。

二、ところで右第三三条第一項第二号の解釈について双方の見解が異るので先ずこの点につき判断する。

成立に争いのない甲第一号証によると、同条第一項には第一号に「身体虚弱のため業務に堪えないもの」、同第二号に「事業の都合により已むを得ないもの」とあり、右第二号の概括的な条項の趣旨が必ずしも明確でないが、本来雇傭関係は、債権契約に基いて成立するものであり、使用者は原則として解雇の自由を有するところよりみれば、右条項は解雇事由を制限的に定めたものと解すべきでなく、むしろ企業の経営上解雇が正当であると客観的に判断される理由をひろく含むものと解するのが相当である。従つて事業の縮少、天災事変等企業経営に対する客観的障害事由に限らず、労働者側において、職場の秩序を乱し、企業の円滑な運営を阻害する等の行為があり、その結果解雇されても止むを得ないと客観的に判断される場合も右第二号に含まれるものと解すべきである。

三、そこで次に被告主張の解雇の理由となつた事実の有無およびその事実が就業規則第三三条第一項第二号に該当するか否かを判断する。

(一)  バス欠行、空車回送等について

成立に争のない乙第一六号証の二、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認めうる甲第三〇号証、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第三八、三九号証、証人高垣善四郎の証言によつてその成立の真正を認めうる乙第四号証の一証人酒井俊二の証言により真正に成立したものと認めうる乙第六号証(いずれも以下の認定に反する部分を除く。)および証人塩路伝吉、同上芝友治、同酒井俊二、同熊代景雄の各証言ならびに原告本人尋問の結果を綜合すると、

(イ)  原告は昭和二九年から被告会社の運輸課長の職にあつたところ、昭和三二年五月九日被告会社定期バス路線の寒川線の運転手高垣善四郎から電話で、三輪車のブレーキの調子が悪いので修理したい、そして同日の組合大会に出席したいとの申出があつたので、原告は右高垣に寒川、五味の各停留所に訳を話して帰社し、必要な修理品をもらつて修理するように言つたこと、そこで高垣は五味停留所に三輪自動車を置き当日の午後二時五味発寒川行以後の五運行を休止して本社における当夜の組合大会に出席したこと、当時寒川線は悪道路のため月の内三分の一は欠行していたが、その上更に同線を運行している自動三輪車はブレーキ、エンジンの調子が悪く昭和三二年四月中頃から末頃まで修理中であつて運行していなかつたこと、

(ロ)  原告は同年五月九日被告会社路線川上線の定期バスを運転していた上芝友治から同日開かれる組合大会に出席するためバスを使用することの許可を求められた際「よかろう」といつてこれを許可したこと、そこで右上芝は当日の勤務終了後川上線川原河まで引返して来てあつた空車バスを運転して本社まで回送し当夜の組合大会に出席したこと、

(ハ)  同月九日午後四時半頃原告は被告会社ガソリンスタンド傍で、酒井俊二に対し「今日の大会はどうするのか」と尋ねたところ酒井は単車で出席する旨返答したこと、

を認めることができるが、原告が前記高垣に対し組合大会に出席するため三輪自動車の故障を装わさせてバス運行を欠行させたり、積極的に上芝に対し空車回送を命じたり、或いはまた前記酒井に対し組合大会に出席するため会社のバスを使用するよう勧めた事実はこれを認めることができず、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで原告が前記の通り上芝に対し組合大会に出席するために会社のバスを使用することを許可したことは会社のバスを私用のために運転させたことになり運輸課長としての責任を問われるも已むを得ないかのように見える。しかし裁判所が成立の真正を認める甲第三三ないし第三五号証、第四四ないし第四八号証、証人塩路伝吉、同田中万太郎、同上芝友治の各証言および原告本人の供述を綜合すると組合員たる運転手が勤務終了後組合大会に出席するため運輸課長の許可を得て会社のバスを空車回送したことは原告が運輸課長に就任する以前にもまたその後にも何回もあつたが、これまで右の空車回送が会社から問題にされた事例はなかつたこと及び本件空車回送により会社の業務遂行に特に支障を来したような事実はないことを認めることができ、右認定に反する証人熊代景雄、同中井保吉の各証言および被告代表者本人の供述はそのままこれを採用することができない。そうすると原告が上芝運転手に勤務終了後の組合大会出席のためバスの空車回送するにつき許可を与えたという事実のみを取上げて原告の責任を言々することは公平を失し正当性を欠くものというべく、したがつてこれを前記就業規則第三三条第一項第二号に該当するとして原告を解雇することは許されないものというべきである。

(二)  原告の前田敏二、佐々木英三郎、河合サヨらに対する言動及び谷中重役に対する強迫的言辞について、

(1)  原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一九、二九、三一号証、弁論の全趣旨から当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一八、一九、二三号証、証人谷中庄兵衛の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一九号証の二および原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和三二年五月一二日被告会社の運輸課長から日の岬パークの現場監督に配置換を命ぜられ本件解雇に至るまでその職にあつたのであるが、その間

(イ) 同年七月末頃被告会社社長から人夫頭前田敏二は日の岬ホール従業員寺西清子との関係があるので特に同人の出欠や資材購入について注意するように言われたので、原告は前田に注意を与えると共に原告自身が人夫の出欠を見るようになつたこと、前田は原告が人夫の出欠を調べるようになり又原告から女関係につき注意をうけるにおよんで原告が社長から依頼をうけて右の行為に出ていることを知り、その頃原告を被告会社本社前の丸六食堂に誘い、自分が社長から女関係、人夫賃、資材購入等につき疑われている事情について原告に尋ねたこと、その際原告は前田に女関係について自重するように注意を与えると共に、「会社はあんたのような働き手を止めさせる事はない。そのような事になつたら、私もやめんならん。お互に協力してやろう。」と言つたこと、同年八月一〇日のストライキの前日原告は前田に対し「社長と組合とがもつと話し合いをすればよい。」と言つたこと、

(ロ) 原告は日の岬パーク食堂調理人佐々木英三郎から被告会社はいつ月給を上げてくれるのか又保険証はいつくれるのかと尋ねられた際、日の岬パークには春から八、九月頃にかけて客はあるが冬には客がない、客のないとき食堂に調理人をおくことはどうかと思うと言つたこと、

(ハ) 日の岬パーク備付の望遠鏡が故障した際同パークの売店従業員河合サヨが、望遠鏡の鍵をもつている社長を電話で探していたので、原告は右河合に、「鍵くらい預けておいてもよいのになあ。私らは余り信用がないので。」と言つたこと、

以上の各事実を認めることができるが、被告の主張の事実中右認定以外の事実特に原告が故意に経営者の中傷をして従業員間に反経営者的空気を醸成したとか、事実無根の風評を流布して従業員に心理的動揺を与えて労働意欲を減退させたという事実については未だその心証を得るに至らず、この点に関する証人中井保吉の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証同第三号証の一および証人前田敏二、同中井保吉の各証言ならびに被告代表者本人尋問の結果はにわかに措信することはできない。

(2)  原告本人尋問の結果によつて成立の真正を認めることができる甲第二九号証、証人谷中庄兵衛の証言によつて成立の真正を認めうる乙第一九号証の一および証人谷中庄兵衛の証言ならびに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は同年八月二六日被告会社本社近くの南海交通株式会社前で当日たまたま会つた被告会社の谷中庄兵衛重役に対して、原職復帰を要求しその際、「若し容れられないときは、自分も争わなければならないが、そうすれば被告会社も傷つくし又そうなれば自分も被告会社を辞めてもよい。しかしそれではお互に風の悪いことだし、できれば双方が紳士的に話し合いをすれば何事もうまくいくと思う。」旨の発言をし、これを被告会社代表者に告げるよう依頼したことを認めることができるが、その際原告が谷中重役に対して脅迫的な態度に出たという事実はこれを認めるに足りる証拠はない。

ところで原告の右(1)(2)の言動は、原告の被告会社内における職制上の地位より考えるとき、これを経営者としての立場のみから見れば、被告会社の就業規則第三三条第一項第二号にいう「事業の都合により已むを得ないとき」に該当すると見られないでもない。しかしながら、原告の右言動が果して右条項に該当するかどうかは、原告が被告会社において占めていた実質的な地位職責とかかる言動をなすに至つた原因動機及びその影響をも明らかにしなければ決定することができないものと考えるから、以下この点につき検討を加える。

成立に争いのない甲第五号証、同第七号証、証人塩路伝吉、同田中万太郎、同西山せつの各証言および原告本人尋問の結果によつてそれぞれ成立の真正を認めることができる甲第一二、二六、二八、三二の各号証および証人塩路伝吉、同田中万太郎、同西山せつの各証言ならびに原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は昭和二九年被告会社の運輸課長を命ぜられて以来その労働組合員ではなくなり、以来被告会社労働組合に関係することは全くなかつたが、たまたま昭和三二年五月九日被告会社本社の宿直にあたつたところ、同夜被告会社本社二階で開かれた被告会社労働組合の大会において同組合が被告会社経営者幹部の嫌悪していた私鉄総連への加盟を決議したこと、右会議には被告会社社長高垣徹太郎の子や親族の者も組合員として出席していたので、原告は右決議のなされた事実を社長に報告しないでいたこと、しかるに社長等は、原告がもと右組合の執行委員長をしていたことがあることや、右報告をしなかつたことなどから、原告が組合員等を使嗾して右決議をさせたものと誤解し、その懲罰の趣旨で同月一二日運輸課長を免じて日の岬パークの事業監督に任命したこと、原告は、突然のしかも理由のない配置換に不満であつたが暫定的な措置であるとの説明によりやむを得ずこれに応じ、以来日の岬パークにおいて勤務することになつたが、その後右不満が折にふれ前記認定の(1)の言葉となり、更には谷中重役に対する(2)の要求となつてあらわれたこと、を認めることができる。

被告は、被告会社における日の岬パークの事業の重要性を力説してその事業監督の地位が運輸課長に劣らず重要なものであることを強調し、原告の右職場への配置換に他意のなかつたこと主張する。そして成立に争のない甲第二号証の一ないし六、同第六、七号証、証人塩路伝吉の証言により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、証人中井保吉の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第九号証の一および証人中井保吉の証言ならびに被告代表者本人尋問の結果によると、右事業は被告会社としては多額の費用を投じて開発中の相当重要な事業であること、その事業監督なる者の地位が職制上は右施設の管理、右施設建設工事の監督及び同所で働く従業員の労務管理等を含む現場監督者として経営者の補助者に該当するものであること、原告は右配置換により運輸課長の職は免ぜられたが、引続き課長の地位を保留し、金銭的待遇の面では従前と殆んど差がなかつたことが認められるが、証人塩路伝吉、同前田敏二の各証言および原告本人尋問の結果によると、当時日の岬パークで働く従業員は、食堂及び売店の従業員数名と、人夫頭の前田敏二のもとで働いていた大工その他二〇名前後の日雇人夫等だけで、原告の仕事の内容も経営補助者の中では一般従業員に最も近いものであり、実質的には人夫頭と大差ないものであつたこと、および原告の右配置換は被告会社社長が高血圧で一時入院する間の暫定的措置としてなされながら被告会社は、原告が強く原職場へ復帰を望んでいるのを知りながら社長の退院(入院は約一週間)後三ケ月余も原告をそのまま右地位にとどめておいたこと、が認められるから、これにさきに認定した事実を併せ考えると、右配置換は原告から運輸課長の地位を奪うための口実としてなされたものであることを否定できない。

ところで実質上は一般従業員に近い地位にあるとはいえ、一応経営者の補助者たる地位にある者が、みだりに会社の営業方針や人事管理の方法を不満とし、これに非協力的態度をとることは許さるべきではないが、前記認定の如く何等根拠のないことを理由として不利益な取扱を受けても、なお経営補助者なるの故をもつて泣寝入をしなければならないものでないことは明らかであるから、原告が会社に対し自己に対する不当な処置の是正を求めたことは当然である。

もつとも原告のした前記(1)の言動の中には多少軽卒の譏を免れないものもあり、また(2)の谷中重役に対する要求もその方法において穏当を欠くものであることは否定できない。然しながら原告をしてかかる言動をなすに至らせた原因が被告側にあることさきに認定した通りであり、加えるに前記の如き原告の実質上の職務内容及び原告の右言動が被告会社の業務の運営上殆んど支障を来さなかつたことなどを考慮すると、原告の右言動のみを一方的に取上げて解雇することは現下の社会通念上正当なものとは認められず、したがつてこれを「事業の都合により已むを得ないとき」に該当するとして解雇することは許されないものというべきである。

四、そうすると、原告と被告会社との間にはトラブルはあつたが、就業規則第三三条第一項第二号の事由に該当するような事実があつたものとは認められないから、本件解雇は就業規則に違反したもので無効のものというべく、したがつて原告は現在もなお被告会社の従業員たる地位を保有し、被告に対し賃金請求権を有するといわねばならない。そして本件解雇以後の賃金は労働基準法所定の平均賃金によりその額を算定すべきところ成立に争いのない甲第四号証ないし第六号証によれば原告が日の岬パークの現場監督として勤務していた昭和三二年六月より八月までの三ケ月間に受領した一ケ月平均賃金は金三二、九六〇円であることが明らかである。すると被告は本件解雇の翌日である昭和三二年九月六日以降本件口頭弁論の終結日である昭和三六年一〇月一四日まで前記割合による賃金を原告に支払うべき義務があるものというべきである。

よつて原告の本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容すべくその余の賃金請求は理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 井上孝一 逢坂芳雄)

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